蜘蛛は殺さないほうがいいと聞くけれど、、、


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暑さもピークだった8月下旬ごろ、1センチくらいの蜘蛛が部屋の壁に張り付いているのを見かけた。

「おっ」と思ったものの、小さかったし、ほとんど動かずじっとしていたので、何もせずに放っておいた。「虫なんてヘッチャラさ」とまでは言わないが、「ほっておけば、そのうちいなくなるでしょっ!」と思えるくらいには平気なタチだった。

それに、部屋に出る蜘蛛は殺さないほうがいいと聞く。
なぜなら蜘蛛は、ゴキブリやハエ、ダニといった害虫を食べてくれるからだ。うちの部屋に現れたのはおそらく「アダンソンハエトリ」という蜘蛛であり、コバエやゴキブリの子どもを退治してくれるらしい。
なんていい奴なんだっ!

さすがにゴキブリは大きかろうが小さかろうがほんと無理だし、どんなに対策をとっても夏の一時期に必ず出てきて煩わしい思いをさせるコバエには手を焼いていた。
「これは丁重にもてなさなくては」と心に決めた僕は、殺虫剤をかけたり、丸めた新聞紙やチラシで叩いたりしないのはもちろん、変に刺激を与えないよう気を配ったのだった。

3日後また見かけた。

確認する手段はないものの、おそらく以前目にした蜘蛛と同じだろう。
彼はまだここを離れていなかったのだ。
朝起きて洗面所の前に立つと、横の壁に張り付いたまま動かず固まっていた。僕が近づいても身動きせず、そこを離れようとはしなかった。

驚いたことに、仕事を終えて帰宅するとまだそこにいた。
いったいそこの壁の何が気に入ったのか、何に耐えているのか、どんな事情があるのか。僕には皆目見当もつかないが、蜘蛛は朝と変わらずに同じ壁に張り付いていた。

なんだか少し微笑ましく感じている自分がいることに気づいたのだった。

そこからさらに5日ほど経過したのち、またその蜘蛛を見かけた。
居間の壁の天井に近いところに張り付いていた。どこからやって来たのか、気づくとそこにいた。

ここにきてとうとう、その蜘蛛を可愛らしく感じるようになっていた。愛犬や愛猫を見るようにその蜘蛛を見ていた。
なんせ姿は小さくて、見た目にも不気味さがなく、とくべつ害もないのだ。
蜘蛛ってだけでちょっと気持ち悪いという固定概念があり敬遠しがちではあるが、それさえ取っ払えばあとはもう可愛らしさしか残っていないのだった。
ご飯を食べていても、本を読んでいても、テレビを見ていても、気がつくとその蜘蛛の姿を追っていた。
翌日も翌々日もその姿を目にし、日に日にアダンソンハエトリへの愛情が増していったのだった。
きっといなくなったら寂しく感じるのだろうなと思う。


その後しばらく見かけない日が続いた。最後にその姿を見てから2週間以上が経過していた。
久しぶりに見かけたとき、蜘蛛は2匹いた。増えていたのだ。
少し離れたところに2匹の蜘蛛が張り付いており、どちらもじっとしたまま動かなかった。


「えっ、2匹もいるじゃん、、、なんで増えてるの⁉」

その頃にはもう蜘蛛への愛情など雲散霧消しており、突如ふたたび現れてしかも2匹いることに気分は萎えていた。

どうしようか。

もう蜘蛛を可愛らしいと思う気持ちは微塵もないため、やはり退治するべきなのだろうか。あんなに気になっていた存在なのにもかかわらず、残酷な奴だなおれ、と自分で思う始末だ。

しかし部屋に蜘蛛がいることのメリットがあるのも確かなため、殺すか生かすか判断に迷う。
傍から見たらしょうもないことに、必要以上に頭を悩ませ考えた。

考えて考えてそして、見逃すことに決めた。
以前と同じように丁重にもてなすつもりはもちろんないが、かと言って、積極的に殺すのもためらいがあるのだった。
そのため、あいだをとって自然といなくなるのを期待して待つことにした。ほどほどに害虫を食べたのち、部屋から退散してくれることを祈っている。

現在9月下旬、あれから蜘蛛の姿は見かけていない。