だから言ったのに、、、


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そろそろ帰ろうと支度をしていると、壁際にある離れた席から課長の早坂に呼ばれた。その声は微塵も愛想のかけらがなく、ネガティブな要件を予感させた。
返事をして席を立つと早坂のもとへと向かった。

「この企画書のここだけど、先方からちょっと分かりにくいって言われたんで早急に直しといて」

それは僕が先日提出したものであり、早坂からも確認をしてもらったはずだった。しかもその訂正を指示された箇所は、もともと僕が別の表現で書いていたものを早坂が不満を示したので書き直した部分だった。

「もともとこの箇所は課長が納得されなかったので訂正した点ですけど。そのあと書き直して、これならいいだろうと言って確認してくださったので提出したはずです。それを今になって……」

目をぎゅっとつぶり、わざとらしくため息をついた早坂は、睨みつけるように視線をこちらへ向けた。

「仮にそうだとしても、この件に関してはお前が責任持ってやっていたはずだ。それを何だ、自分は悪くないみたいな言い方して」

いや、そういうつもりは、と言いかけたところで早坂が立ち上がり窓の外に視線をやった。

「だいたいお前は最近ミスが多いだろう。この前だってな――」

それから10分ほど小言を言われた。しかもそのほとんどはこじつけだったり、かなり誇張されたものだったりで、なかには身に覚えのないものまであった。
さすがに言い返そうかとも思ったけれど、いい加減そんな気力もなかった僕は、席に戻ると言われた箇所の訂正作業に取り掛かった。

どれくらい経っただろうか。気がつくと周りはみんな帰り、電気も一部を除いて消えていた。
ようやく目途がついたので、パソコンの電源を落とし帰り支度を済ませると会社を出た。

駅へと向かう途中、一度は収まった早坂への怒りがふたたび湧き上がってきた。どうにかして痛い目に遭わせるか、困らせるかできないだろうかと考えをめぐらす。
すると、路地から少し中に入った小路で40代くらいの男性と若い女性がなにやら楽しそうにしゃべっているのが聞こえた。一瞥したのちそのまま通り過ぎようとしたが、男性の声に聞き覚えがあり立ち止まった。怪しまれないようにそれとなく様子を窺うと、男性はこちらに背中を向けており顔は見えないが、それは明らかに早坂だった。いつも見ている髪型は見間違えようがなかったし、服装も記憶にある数時間前に見たそれと同じだった。
ではいったい一緒にいる女性は誰なのだ。奥さんではないはずだ。あんなに若いとは聞いていない。となるとあの女性は……。
「それじゃあ今度の土曜日、おお江水族館でね!弁当は私が作っていくから」
イルカのショーも楽しみだねぇ、と無邪気に笑いかける女性に軽く手を振った男性は、踵を返してこちらへと歩いてきた。
さっと隠れた僕は横目で男性の顔を覗き、それが間違いなく早坂であることを確認した。僕の前を歩く早坂は足早に駅へと向かい、気がつくと人ごみに紛れて姿を消していた。思わぬ状況に遭遇して戸惑ったものの、ひょっとしたらこれは使えるんじゃないかと、家へ着くまで僕はあれこれ頭を働かせていた。

 

翌朝いつもより少し早くに目が覚めた僕は、レンジで解凍したご飯と、インスタントの味噌汁、目玉焼きの朝食を摂り、食後にコーヒーを飲んだ。ふだんは起きるのが遅くて時間がなく、コーヒーだけで済ませることが多いので珍しかった。
テレビをつけると、連日騒がれている連続爆破事件について報道されていた。ここ1ヶ月近く、ずっとこの話題で持ちきりだった。これまでに小規模ながら2件の爆破と、1軒の爆破未遂が起きている。
(なにが爆破事件だよ、映画じゃないんだから。)
かかわりがない事件だけに、今の自分にとっては気が散るニュースでしかなかった。
それよりか、昨日仕事帰りに見た光景のほうが大きな関心ごとであり、ご飯を食べながらそのことについてずっと考えを巡らせていた。
電車を乗り継いで会社へ着くと、まず早坂の席に目を向けた。どうやらまだ出勤していないようだった。早坂を痛い目に合わせるための方法は、電車内で考えを整理した末にほぼ固まっていた。
定時を過ぎてメールチェックをしていると早坂に呼ばれた。昨日の件に関してまた小言を言われた。ウンザリしつつも、やるべきことに関してすでにもう決心を固めていた僕は、それほど腹を立てることなく受け流すことができた。一方的にぶつぶつ言いたいことを言うと早坂は、もういいぞ、とばかりに手を振って話を終わらせた。席に戻った僕は仕事の続きに取りかかった。

お昼になって昼食を摂ると、午後からもただ淡々と仕事をこなした。いつになく集中力が増し予定より早くにやるべきことを終えた僕は、定時を30分ほど過ぎた時間には会社を出ることができた。こんなことは最近なかったので珍しかった。
10分ほど歩いて最寄り駅近くまで来ると、シャッターで閉じたお店の前で控えめな看板を掲げている占い店が目に入った。いつも通る道なのに見かけたのは初めてだった。占ってもらっていたらしい男性が椅子から立ちあがり、足元に置いていたカバンを手に取ると駅の方へと歩いていった。普段はまったくと言っていいほどに占いに興味を持つことはないのだが、妙に惹きつけられるものがあり、気がつくと店の前に立ち声をかけていた。
「すみません。よろしいですか」
全身黒ずくめでいかにもな恰好をした女性にどうぞ、と言われ椅子に腰かけると、「なにを占いましょうか?」と聞かれた。何も考えていなかった僕は口ごもった。なにか些細な事で悩んでいて、そんなことわざわざ聞いていいのかと躊躇っていると思われたのだろう、女は「どんなことでも結構ですよ」と思いのほかよく通った声で促した。座ってからずっと下を向いていた僕は、そこで初めて顔を上げて女の顔を正面から見た。20代後半の僕よりかは年上だろうが、それでも40はいってないだろう。こういう仕事をしているのは年配の人が多い印象があったため、なんだか意外だった。女はまっすぐ目を見つめてきた。僕は意を決して、理不尽な上司への怒りと、近いうちに実行しようと考えている件について話した。
「――なので、今度の土曜日におお江水族館で上司を痛い目に遭わせてやりたいと考えているんですけどどうですかね」
今になって撤回するつもりはなかったが、それでも少しばかり不安もあり、この機会に聞いてみた。
「……それは、具体的には何時ごろの予定ですか?」
「イルカショーのタイミングで実行する予定なので14時ごろです」
女性は目に見えて表情が翳り、少し考えこむ様子を見せたあとゆっくりと口を開いた。
「やめたほうがいいと思われます。おそらく良い結果は得られないように感じますね」
口調は控えめながらもはっきりとした否定的な意見にたじろいだ。
「なぜですか?。そんなことしたって意味ないとでも言うんですか⁉」
倫理的、道徳的に反対されていると感じて感情的になった。
「いえそうではないです。そちらの方角に悪い気を感じるのです。そのため、その案は中止にするか、今回は延期にするかしたほうがいいでしょう」
なんともはっきりしない理由にふたたび反論しようとしたが、そもそもこれは占いであることを思い出した。そして、自分の意志でここに座り、ぜひ占ってほしいとお願いしたのだった。
「……そうですか。わかりました」
軽く頭を下げると、料金を払って椅子から立ちあがった。
まだ頭は熱を持っており、落ち着いた状態からは程遠かった。しかし決意は揺るがなかった。今度の土曜日、早坂に日頃の恨みを晴らすのだ。

 

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土曜日の朝。ふだんはゆっくり寝ており昼近くまで布団の中にいることも珍しくないが、今朝は7時過ぎに目が覚めた。簡単に朝食を摂ると、椅子に腰かけて今日の予定をおさらいし、頭の中でシミュレーションを繰り返す。抜かりのないように何度も繰り返した。8時になると、つけていたテレビからニュースが流れる。依然として、連続爆破事件の報道がされていた。前のように気が散ることはない。不気味なくらいに心は落ち着いていた。
昼前くらいに家を出る予定だった。まだまだ時間はあるものの、外に出て今の心の状態が乱されるのが嫌だったので、家の中で淡々と過ごした。
時間になると準備をして家を出た。万が一バレないように、黒のキャップをかぶりメガネをかけ、マスクもつけていた。必要な荷物は背中に背負ったリュックに入っていた。
電車を乗り継ぎ目的地のおお江水族館に着くと、入り口近くの館内マップでイルカショーが行われる場所を確認する。見学がてら一度覗いたあとは、14時まで館内をぶらぶら見て回った。とくに興味があるわけではないものの退屈には感じなかった。
13時半前にイルカショーの会場へと着くと、もうすでに結構な人が集まっていた。人ごみの中から早坂の姿を探す。会場は真ん中にプールがあり、その周りを段々上のベンチで囲われていた。目を凝らしてぐるりと見ていくと、自分がいる場所から少し離れた辺りに座っているのを発見した。隣にはあの時見た女性が座っている。2人は楽しそうに何やらしゃべっていた。
僕は気づかれないように近づくと、彼らの斜め後ろの席に腰を下ろした。隣の席にリュックを下ろすと、中から紙袋を取り出し膝の上に置く。外から触って中の物を確認する。アナウンスが鳴り、もう間もなく開園することを告げていた。

14時半近くになっていた。そろそろだろう。ほとんどの人が中央のイルカとトレーナーをがいるほうを見ているなか、ゆっくりと立ち上がった。通路に出ると、早坂の姿を視界に入れながら階段を降りていく。凪いだ海のようだったさっきまでとは打って変わり、心臓は早鐘を打っている。手には汗をかいていた。早坂と女の2人はイルカにくぎ付けで、こちらに気づく様子もない。コンクリートの階段を1歩ずつ着実に降りていき、ようやく2人がいる席の段までやってきた。そして、そのまま足を止めず近づこうとしたとき、ドカンと大きな音が鳴り響いた。観客席から悲鳴が上がる。中央のプールの向こう側では粉塵が上がり、真っ白になっていた。誰もが状況を把握できずにいた。早坂たちも何が起こったのか分からないようで、おびえた様子で辺りをうかがっていた。すると、すぐ後ろでもう一発大きな爆発が起きた。反射的に後ろを振り向いたと同時に視界が真っ白に覆われ、コンクリートのがれきが頭上から崩れ落ちてきた――。

 

お客さんがやって来ず手持無沙汰だった女は、歩道を行き交う人混みを何とはなしに見ていた。すると、交差点の角に立つビルに設置された大型ビジョンからニュースが流れだした。また新たに連続爆破事件が起きたらしく、ニュースキャスターが興奮した面持ちでその模様を伝えていた。死亡者も数人出たようで、名前と顔写真が写し出されていた。その中に見覚えのある顔があった。

「今度の土曜日におお江水族館で爆破事件を起こしてやろうと思ってんだけど、どう思う?」
椅子に座るや否や、目の前の男は自分がいま世間を賑わせている連続爆破事件の犯人だと言い出した。
この仕事をしていると急に突拍子もないことを言い出す人はけっこういる。そしてそういう人が口にすることの大半はでたらめだ。
今回もきっとそうだろうと話半分で聞いていた。ところが男は自分の話が信用されていないと感じると、これまでの事件の詳細な様子を話し始めた。それはあまりにも細かい内容で、犯人でなければ知らないだろうと思わせるものばかりだった。
女も次第にこれはただ事ではないと感じ始めていた。話には信憑性があり、男が出まかせを言っていわけではないのは明らかだった。
「――というわけなんだけどどうよ?成功するかどうか、そういうのも占ってもらえるの?」
どう答えるべきか?こんな相談にまともにのる必要はないんだろうけど、何も答えないわけにはいかない。いちおう占ったふりだけして、中止するよう諭したほうがいいかもしれない。
「そうですね。あなたの全身をどす黒くて悪い気が覆っているのが見えます。実行当日もその水族館のある方角はあまりいい気を感じないので、その日は中止したほうがいいでしょう」
男は一瞬少し目を見開いたかと思うと、その後フッと笑った。
「いちおう忠告は参考にさせてもらうよ」
椅子から立ちあがった男は、足元に置かれたカバンを手に取ると駅へと向かった。
すると、ちょうど入れ替わるように別の客がやって来た。
「すみません、よろしいですか」
20代後半と思われるその男は上司への不満をため込んでおり、今度の土曜日にある計画を実行しようとしているのだった――。

 

大型ビジョンをじっと見つめていた女は机の上を片付け始めた。人通りが少なくなってきたため、いつもより少し早いがもう閉めることにしたのだった。
折り畳みの机を片しながら思わず言葉が漏れた。
「だから言ったのに、、、」
女は片づけを終え支度を済ませるとその場を後にした。