尊敬する人がいないのは不幸なことなのか


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テレビを見ていたら某アイドルグループが出ており、MCの人から「尊敬する人はいるの?」と訊かれていた。それぞれ同じグループの先輩だったり、モデルの仕事でお世話になっている先輩モデルだったり、なかにはやっぱりというべきか両親と答えている人もいた。

みんな尊敬する人いるんだなぁと驚く。

もちろんあらかじめ質問されることがわかっていて、無理やり誰かしらの名前を用意していたのかもしれない。それでも「尊敬する人はとくにいない」と言う人が1人くらいいてもいいだろうにと思ったのだ。
言い方さえ気をつければそれで角が立つようなことはないだろうし、訊かれたのだから誰でもいいから名前挙げろよ、なんて批判がくるとも思えない。

となると、みんなホントにその人のことを尊敬しているのだろう。もしくはそこまでではないにしても、尊敬に近い感情を抱いているのだろうと思う。

僕には尊敬する人はいない。だから驚いたのだった。

僕の場合「尊敬」という言葉をけっこう重く捉えている節がある。
なので、もしある部分ではすごく素敵だなと思ったとしても、別の部分で少しでも鼻につくところがあると、それでもうその人のことを尊敬できなくなってしまうのだ。
となると身近な人、とりわけ親を尊敬するなんてことは僕の場合は考えられない。なぜなら一緒にいることが多いだけに、良い面だけでなく嫌な面も目についてしまうからだ。
そういう考えを持っているため、親を尊敬していると聞くと、どんだけ立派な人なのだろうと想像してしまうことがある。


別に尊敬する人がいなくても何一つ不都合なことはない。
とくべつ困ることはないし、苦労することもない。それが原因で人生の幸福度が下がるなんてこともないはずだ。

そう思っていた。

でもそうじゃないかも、と最近少し思い始めている。
尊敬できる人がいるって、幸せなことなんじゃないかって気がしている。しかもそれが身近にいたら、自分の心の支えになるかもしれない。
憧れのような気持ちを抱くことになれば、その人物が目標になるかもしれず、そうなると生きる活力にもなるだろう。
そう考えると、尊敬する人がいないのは不幸なことのようにも思えてくる。